ラブレター

一月末、君が虹の橋を渡った。

16歳だった。春になったら17歳だった。

人間に換算すると80歳くらいらしい。長生きだ。

あまりにあっという間の日々で、けれどそれにしては過ごした時間は決して短くなくて、いまでもふとしたときに、そこに居るように振舞ってしまって落ち込む。ここ最近は後ろ足が動かなくて、炬燵の定位置で寝ている時間が長かったから、余計に。



御涙頂戴の文章は書きたくはないのだが、とりあえず形にしておこう。ちょっとだけ心を整理しておきたい。できれば君に聞いてもらいたい。




君がやってきたのは私が小学校に入る少し前のことだった。

当時家族でハマっていた「鋼の錬金術師」のキャラクター、「エドワード・エルリック」から「エドワード」と名付けられたわんちゃんが兄の友達のおうちにいたので、じゃあうちは弟分だから「アルフォンス・エルリック」だね、と「アルフォンス」と名付けた。だからもし擬人化した場合、君の声優は釘宮理恵だ。感謝してほしい。私も声帯を釘宮理恵にしたい。

最初のころはドヤ顔で「うふふ、ほおら!アルフォンス~~!」と優雅に呼んでいたが、そのうち長々と呼んでいるのが面倒になり専ら「アル」呼びだった。

割とすぐに、アルフォンスと呼んでくれるのは病院くらいになった。受付で「山田(仮名)アルフォンスちゃ〜ん」とお姉さんの綺麗な声で呼ばれたときのアンバランスさよ。似合わなくて笑えた。



君は大層丈夫だったがそのぶん頭はよろしくなかったので、殺鼠剤を飲んでは病院に連れて行かれ、こっそり鳥の骨を丸のみしては病院に連れて行かれ、スーパーボールを丸のみしては病院に連れて行かれた。(ゴムだから映るわけがないのにレントゲンを撮られた。お世話になっている獣医さんだがこの時ばかりはヤブかよ!と思った。)

蠅取り棒に引っかかってざんばらに体毛を切られ、自転車の前かごに乗せると走行中に飛び降りて電柱にぶつかり、キャンプ場の駐車場では今まさに駐車しようと動いている車の窓から飛び降り、目が見えにくくなってからはそこそこ高さのある階段から転げ落ちた。あれはマジで死んだかと思った。生きていた。

それでも骨が折れたり病気をしたりはしなかったので(老い、謎のこぶが沢山できて心配したときもいつの間にか吸収されていた。どういうこと?ヤブ医者こと大先生様は、「歳なので悪性の腫瘍かもしれません…」と神妙な顔で言っていた。吸収された。本当にどういうこと?)頭の悪さと体の丈夫さでバランスを取っているのだなと妙に納得した。もしくは等価交換か?さすがは錬金術師。



お風呂が嫌いで、「お風呂?」と声をかけると脱走するし、いざ入れるとこの世の終わりかのような声で悲鳴をあげる。ビショビショの泡だらけ逃げまくる。どうしようもなく、こっちも全裸で追いかけた。脱兎の如し。犬なのに。病院も同じで、病院に向かう車の中ではマナーモード搭載してましたか?という震え具合だった。

君は自分を犬だと思っていないのか、愛犬も一緒に泊まれるコテージで他の家族のわんちゃんが芸をするのを人間のような顔でやれやれ、と見ていた。いや、お前もやれよ。君の実家に行っても、兄弟や両親がキャンキャン吠えるのも迷惑そうな目で見ていて、母や私の陰に隠れていたね。遊べよ!と何度か引っ張りだしたが、断固拒否の姿勢だった。癇癪持ちの父犬に吠えられ、部屋の隅で気配を無くしているのが大半だった。



外に出るのは好きだがお散歩はそんなに好きじゃなくて、自分のテリトリー外だと思っているエリアは足を踏ん張って進もうとしない。ドッグランでも走らなくて、「こっちだよ~~~~!!」と叫びながら人間だけランしていた。あのときの周囲からの哀れみの視線といったら。

お留守番のたびに布団にうんちやおしっこをして嫌な気持ちをアピールするし、階段の下にもよくうんちをしてばあちゃんが踏んで怒られていた。私もよく踏んだ。多分一番踏んだのはお父さんだと思う。チクショー!と言いながらケンケンで移動してくる父に、いつの間にかいなくなっている君。隠れるのが素早すぎる。

雷と、東日本大震災からは特に地震が大嫌いで、そのたびに人間にしがみついていた。猫かな?ってくらいのスピードで肩によじ登ってきて、ああ、猫だったのかと納得するくらい爪を立ててしがみついていた。


カリカリは何故か一度餌皿から出して地面に落として食べるし(しかもそれを更に選り好みする。いやいや全部同じだよ。)缶詰系はぐちゃぐちゃなのが嫌なのか絶対食べない。干し芋が好きで、食べ過ぎては下痢していた。上顎に張り付いているのを必死に取ろうと咀嚼を繰り返すさまがカワウソに似ていてこっちも調子に乗った。ごめん。

若いころは豚耳を乾燥させたものがお気に入りで、長時間の外出でひとりにさせるときは与えていたが、お気に入りすぎて食べられず帰宅すると食べたい気持ちと取っておきたい気持ち、そして取られるのが嫌な気持ちで暗闇で唸っていた。そして回収しようとすると噛みついて怒られていた。主に母に。


君がうちに来て1〜2年経たないくらいの頃、私はぬいぐるみをいくつかダメにされて君にムカついていた。ある日北海道の祖父母に贈りたいと拾ってきた大きな松ぼっくりをバラバラ死体にされたところで我慢ができなくなりギャン泣きしながら暴れて叩いて叱りつけ、君も「あ、こいつヤバいやつなんだな」と理解したのかそこから私の私物に手を出して来なくなったね。正解だと思います。そうです。私はまあほんのちょっとではありますが、ヤバいやつです。ちょっとね。






今ではそこそこ仲の良いほうだと思うけど、家族の間で衝突が起こったことも勿論あった。当たり前だ、問題が全くない家族なんて存在しないだろう。しこたま怒られて部屋に閉じこもった夜も、逆に家から閉め出された夜も、学校に行きたくなくて仮病を使った朝も。君がいなかったら、多分いまよりもこの家が好きではなかったし、兄も私も多分ちょっとグレていて、家族もとっくのとうにバラバラだったと思う。

頭はよろしくないがその分丈夫で、そして底抜けに優しかったので、いやそうな顔をしつつも抱っこされてくれたし、ぎゃんぎゃん泣きわめいているとそっと近くにいてくれたし、私がされたらムカついてしまいそうなほど「エンドレス待て」をしても根気よく付き合ってくれた。下手くそなピアノも付き合って歌うように遠吠えをしてくれた。リードをつないだ散歩は、ちゃんとぴったり横を歩いた。ちらちら上目遣いでこちらを確認するのがとても可愛かった。トイレに入っていると確認にくる。朝起こしに来てくれることもあった。廊下のフローリングと爪が当たって、チャッチャッチャッチャと軽やかな音がするのが好きだった。犬だから夜目がきくはずなのに、階段が暗いとひんひん鳴いて電気を付けろと要求するのが好きだった。ほかにも、いろいろ。





23年という長くはない人生の中で、君といた時間はあまりにも長く私の中を占めている。君のいない時間より君といた時間の方が長く、そしてそれは今後ゆっくりと逆転していく。それが悲しい。

ここには書ききれない程のエピソードと、大きな愛情と、まだまだ消化しきれない悲しみや喪失感が溢れてやまない。

君は大事な弟で、時に兄で、家族で、相棒で、親友で、恋人だった。犬とか飼い主とかそんな言葉で表せるものじゃないよなって、もう使い古された月並みの言葉かもしれないけどそう思う。言葉は話せなくても、君はいつでも私の言葉を聞いてくれていた。



君は犬のくせにそこそこインドア派なので嫌がるかもしれないが、君の真っ白い骨を少しだけ頂戴してペンダントに入れた。君が行ったことのないとこにも連れて行こうと思う。知っていると思うけど私は相当な甘えたで寂しがりなので、もう少しでいいからそばにいて欲しいのだ。
私はこの家だと末子なので、順当に寿命で逝くとすれば君ともう一度会うのは一番最後だ。これからも多分、見送る側らしい。耐えられるだろうか。でも耐えるしかない。待っていて欲しい。うんちやおしっこをして怒っていてもいいから。布団にだけはしないで。カーペットもやめて。できればフローリングで頼む。できることならおしっこシートにちゃんとやって。
なるべくのんびり、エピソードをたくさん持って君のところに行こう。私に抱かれて、嫌な顔をしつつ、でも控えめに尻尾を振って聞いてくれるだろう。
しわしわのおばあちゃんになっても、いつかみたいに玄関で待っていて欲しい。ドアを開けると体ごと尻尾を振る君が好きだ。しわしわだからって驚かないでくれ。そのまま玄関に寝転んだ私の体にのし掛かって、遅かったねと吠えて欲しい。君のその真っ白な毛が好きだ。どうか撫でさせて欲しい。





話したいことはまだたくさんあるけれど、君が疲れてしまうといけないからまた今度。
ある、アルフォンス。
君のことが大好きだ。会えてよかった。
ありがとう。



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